ブレゲ マニュファクチュールへの道:ロリアンの工房で見た老舗の進化。
ブレゲの顔とも言えるギヨシェ彫りの全貌を見て、修復部門でマリー・アントワネットに出会えたことは、このメゾンの工場ならではの特筆すべきものだ。
ブレゲは言わずとしれた超名門マニュファクチュールであり、1775年の創業以来200を超える特許を取得して、時計産業の基礎となる技術を文字通り作り上げた企業だ。今回、2箇所ある重要な工場のうち、本拠地とも言えるロリアン(スイス・ジュウ渓谷)への訪問が叶った。コロナ前はその門戸が開くことは稀で、なおかつ撮影などは不可能だったというから、今回僕は入手したばかりのライカ Qを手に胸を踊らせて現地に向かった。
なお、工場での取材ののち、リオネル・ア・マルカCEOにメールインタビューをする機会にも恵まれたため、今回は現地で感じた疑問にCEO自らお答えいただいた内容も交えてお届けする。
エントランスに展示された、かつてのローズエンジン製ギヨシェマシン。触れてもよいとのことだったが、後光が指しているようで遠慮する自分がいた。
すべての始まりはニコラス・ハイエック氏の情熱とメゾンの精神の融合から
まずはロリアンのマニュファクチュールの成り立ちからお伝えする。ここはかつて、ヌーヴェルレマニアとして知られた工場であり、1999年にスウォッチ・グループの傘下に入ることになる。当時、ブレゲのCEOを務めていたニコラス・G・ハイエックが陣頭指揮を執り、2004年までにブレゲのマニュファクチュール化を果たした。2006年、2013年にそれぞれ増床を行い、レマニア時代からの資産である工作機械によるムーブメントのパーツ製造、アッセンブリ、エナメルを含む文字盤製造、ギヨシェ加工、コンプリケーションの開発・製造などを一手に引き受けている。
ニコラス・G・ハイエックの名が刻まれたレリーフ。la 1ere pierre a ete poséeとは、最初の石が置かれたという意味で、すなわち2001年からスタートしたマニュファクチュール化のはじめの一歩を記念したもの。
ロリアンのマニュファクチュールは他の時計ブランドと比べて、パーツを製造する工程が多彩だ。昨今は多軸CNCマシンを用いてパーツを削り出すやり方が増えているが、ムーブメントメーカーだった頃の面目躍如というところで、プレス加工機による製造も多用されているようだった。様々なパーツを製造するための、素材となる金属をひとまとめにしたエリアは、ラ・ジュー・ペレ社などムーブメントメーカーで見かける光景だ。僕がお邪魔した際は、熟練工が鼻歌を歌いながら次々とプレスをかけてパーツを打ち抜いていた。おそらく彼はレマニア時代からの職人なのだろう。躊躇なくリズミカルに行うその様は、少量生産の高級ブランドであるブレゲのイメージとは少しギャップがあって、親しみやすさを感じた。
圧巻のギヨシェプロダクションは業界最高峰
さて僕がこのマニュファクチュールで最も心奪われたセクションにやってきた。エントランスホールで見たローズエンジン製のギヨシェマシンを改良したようなものが、ところ狭しと並んでいる。僕がこれまでに見たなかで明らかに最も多い数のギヨシェマシンがそこにはあった。ブレゲのシグネチャーは全部で7つあるが、見た目的にも印象深いのがギヨシェだろう。エナメル文字盤も捨てがたいが、多彩なギヨシェパターンを操り、近しいデザインコードを持つクラシックに個性を与えていくという意味で、ブレゲを代表する特徴だと思う。
しかしながら、ア・マルカCEOによれば、このマニュファクチュールが買収された1999年ごろは、ギヨシェ加工自体はもはや下火だったという。
「当時、ニコラス・G・ハイエックは、ブランドのDNAであり時計製造のDNAでもあるギヨシェという遺産を守るために投資をしようと考えました。ギヨシェマシンの修復に投資する一方で、ギヨシェ彫りの技術を学べるようなスクールは存在していなかったため、社内で情熱的な職人を育成することにも力を入れていました。今日、ギヨシェ彫りが再び流行の兆しを見せているところだが、我々は時計業界においてギヨシェ彫りに特化したセクションとして最大級の規模を備えています」
自作のギヨシェマシンは現在も増加中
なお、現在何台のギヨシェマシーンがあるか尋ねたところ、「現在も増え続けているため正確な数はわからない」との回答だった。ブレゲでは、世界中から数十年前のローズエンジン旋盤を発掘し、修復する部門があるという。
これだけの数の工作機械を稼働させるには、相応の数の職人が必要になる。その社内教育は非常に地道なもので、ブレゲのシグネチャーをまずマスターしてから、より複雑なエングレービングのトレーニングへと移る。時間にしておよそ6ヵ月が必要だというから、ブランドにとっても職人にとっても根気がいる。ただ、ブレゲでは社内でのジョブローテションも盛んに行われているということで、ひとつのセクションの仕事だけで職人人生を終えるということはあまりなさそうだ。
「ブレゲの時計には、装飾において芸術や工芸のような域の施すことも多い。これは、多くの人を魅了してやまないものなのです」
基本的なギヨシェ彫りは、ベースとなる模様が施された円盤を機械がなぞり、18Kゴールド文字盤へと転写していく。職人は一定の力で彫りの深さを揃えていく必要があるため、一度掘り出すと1枚を仕上げきるまでは作業を続けるそうだ。
仕上がったギヨシェ彫りのサンプル。非常に精緻な模様が施されている。1枚の文字盤に対して均一な力を保った職人の技量がうかがえる。
ニコラス・G・ハイエックは、ブランドのDNAであり、時計製造のDNAでもあるこの遺産を守るために投資をしようと考えました
熟練職人の手作業による面取りでさらに輝くギヨシェ
ブレゲの文字盤は比較的シンプルなものでもギヨシェのパターンが複数用いられ、別の仕上げとの境に丁寧な面取りが施される。取材当日は実演も拝見したが、この仕上げの精度がとてつもなかった。職人は、金属や木、プラスチックなど様々な素材のやすり(3Mと書かれたものも発見!)で作業を行う。下の画像は、まさにギヨシェが終わるエッジ部分に面取りをしている様子だが、顕微鏡を覗き込んでやすりの角度を45°に保ちながら文字盤を磨いていく。やすりが行き来したあとには、瞬く間にポリッシュされた均質な面が現れるのだが、僕も体験したことでこれが途方もない技術の産物なのだと思い知らされた。
当然ながら、磨く対象は金属なので中途半端な力ではポリッシュが入らずに、ただ単に傷をつけただけのような状態になってしまう。また、角度がブレると光を反射する面取り面も歪む。顕微鏡で見ていると自分の手作業のぎこちなさがありありと見え、面取りなどとお世辞にも言えない仕上がりが嫌になるのだが、当然ながらそこから修正できるような技術はない。改めて高級時計製造の仕上げというのは、職人を育てる環境と時間が伴って初めて実現する贅沢なものなのだということを噛み締めた。