タグ・ホイヤー カレラ クロノスプリント × ポルシェが新登場。

スポーツカーのアクセルを踏んで走り出すときの感覚を知っているだろうか? トップスピードに近づくにつれて加速が鈍くなるまで、ギアを徐々にシフトアップしていくと、シートに押し戻すほどのパワーが出て扱いやすくなる。じゃあその気持ちを時計に込めてみよう。タグ・ホイヤーの新作、カレラ クロノスプリント × ポルシェは、アイコニックなクルマメーカーとコラボレートしたクロノグラフであり、予想外のアレンジを加えた新しいムーブメントを搭載している。

タグ・ホイヤー カレラ クロノスプリント × ポルシェ
まずは基本的な説明から。この時計はタグ・ホイヤーの“グラスボックス”デザインをベースにしており、42mm径×14.9mm厚のケースと、二重の無反射加工を施したドーム型サファイアクリスタルにより、どの角度から見ても文字盤の縁のトラックを読み取りやすくしている。文字盤の色は18Kローズゴールド製のベージュと、スティール製のシルバーで展開。どちらもロジウムメッキの時分針を持ち、インデックスとクロノグラフ秒針をケースのトーンに合わせている。最後に、6時位置のインダイヤルと日付窓の周りにシルバーのアクセントを施していることもお伝えしよう。インダイヤルにはランニングセコンド、30分積算計、クロノグラフ用の12時間積算計をセット。しかしタキメーターが見えないこのムーブメントは少し変わっている。

タグ・ホイヤー カレラ クロノスプリント × ポルシェのダイヤル
0から100 km/hまでの加速はわずか9.1秒だ。いや、それはクルマのポルシェ911で実現していたことだ。しかしその偉業を記念して、フランジ上の最初の9.1秒には赤いラインがマークされている。でもちょっと待てよ、このラインはダイヤル上に20秒まで伸びているから意味がない。これは新型ムーブメントのTH20-08が、クルマのスピードメーターのように加速するクロノグラフ秒針に、動力を与えているからだ。

それはどういう意味か? 簡単に言うと、クロノグラフをスタートさせると9.1秒で文字盤の約3分の1を走るほどの速さで作動する(従来の60秒を計測するダイヤル表示の0~20秒くらい) 。その間クロノグラフ秒針は文字盤を1周するあいだに減速し、文字盤の上部に到達して再び高速で動き出すまで遅くなっていくのだ。なぜこのようなことができるのだろうか? またこれは何の役に立つのか? 私はよくわからないが、でもとにかく彼らがやってくれたのは事実だ。

タグ・ホイヤー カレラ クロノスプリント × ポルシェのケースサイド
記事の最後に、タグ・ホイヤーから発表されたほかのスペックを掲載したが、人々が最も興味を持つのはおそらく価格だろう。新作はSS製が115万5000円、18KRG製が295万3500円(ともに税込)だ。ポルシェラバーは財布のひもを緩めてくれ。

我々の考え
新しい “グラスボックス”カレラは、この1年半で傑出したヒット商品のひとつとなっている。ブルーダイヤルから、4月に同僚のダニーが書いた“リバースパンダ”、最近発表されたスキッパーまで、さまざまなバリエーションがあることから、タグ・ホイヤーは“グラスボックス”をプラットフォームとしてうまく活用し、万人の好みに合わせたバリエーションで製品ラインを充実している。

タグ・ホイヤー カレラ クロノスプリント × ポルシェ
正直言って、タグ・ホイヤーはこの時計をポルシェと共同ブランド化してそのままにしておくこともできただろうし、そうすれば、ポルシェファン相手にたくさんの時計が売れただろう。そうすべきだと言っているわけではないが事実だ。特に、今回“クロノスプリント”と名付けられた、彼らが成し遂げた斬新なTH20-08ムーブメントに関してはそう言える。

ポルシェの、最初の数段のギアで加速するように速く走るクロノグラフ、さらに”トップスピード(またはダイヤルの一番上)”に近づくにつれて減速していくというアイデアは、まあ、(かなり)非現実的ではあるが、非常にクールだ。私はその応用を考えるほど賢くないかもしれないが、ストーリー上の仕掛けとして使われるコンプリケーションとしてはかなり珍しい。

タグ・ホイヤー カレラ クロノスプリント × ポルシェのディテール
タグ・ホイヤー カレラ クロノスプリント × ポルシェ
タグ・ホイヤー カレラ クロノスプリント × ポルシェ
私はタグ・ホイヤーのモダンなRG製品、特にこのベージュ文字盤は、自身の好みからすると少しコントラストに欠ける。もっとも、私は295万3500円(税込)のクロノグラフを買う気にはなれないのでそれでいいのだが。シルバートーンの文字盤に大胆な赤のアクセントが効いた、SS製バージョンのほうがスピード感があっていい。これが911のファンだけでなく、その先にいるファンに語りかけるようなクロノグラフなのかどうかは、時間が経ってみなければわからない。

基本情報
ブランド: タグ・ホイヤー(TAG Heuer)
モデル名: カレラ クロノスプリント × ポルシェ(Carrera Chronosprint x Porsche)
型番: CBS2011.FC6529(SS)、CBS2040.FC8318(RG)

直径: 42mm
厚さ: 14.9mm
ケース素材: ステンレススティールまたは18Kローズゴールド
文字盤: シルバーシマーダイヤル(SS)、ベージュシマーダイヤル(RG)
インデックス: ケースカラーに合わせたバーインデックス、外周のトラックに60秒目盛り、ミニッツカウンター、セコンドインジケーター、アワーカウンター
夜光: ホワイトスーパールミノバ®
防水性能: 100m
ストラップ/ブレスレット: 911ロゴを型押ししたブラックまたはブラウンのカーフスキンストラップ、タグ・ホイヤーの盾付き。SSはフォールディングバックルプッシュボタン、RGはサテン/ポリッシュ仕上げの18K5Nソリッドローズゴールドのピンバックル

タグ・ホイヤー カレラ クロノスプリント × ポルシェに搭載されたCal.TH20-08
ムーブメント情報
キャリバー: TH20-08
機能: 時・分・スモールセコンド、日付表示、クロノグラフ(4分の1秒計、30分計、12時間計)
パワーリザーブ: 約80時間
巻き上げ方式: 自動巻き
振動数: 2万8800振動/時
石数: 33
クロノメーター: なし

価格 & 発売時期
価格: SSが115万5000円、RGが295万3500円(ともに税込)

新たに誕生したカラフルなオーシャノグラファートリオを紹介しよう。

ブローバがヘリテージアーカイブに眠る、1972年の“デビルダイバー”をGMTで復活させる。

1970年代初頭、アメリカならではの(そしてマーケティング戦略にも長けた)時計メーカーであるブローバは、ダイバーズのスイス規格である656フィートという数字を使って少し遊んでみたいと考え、文字盤に666フィートという深度、つまり“旧約聖書の獣(悪魔)の数字”を施したダイバーズウォッチ、“シュノーケル”を製作した。この挑戦は功を奏し、文字盤に666フィートの数字を刻んだこのダイバーズは、“デビルダイバー”の愛称で親しまれるようになった。近年、1970年代のアーカイブに手を伸ばし続けるブローバは、この度、1972年に登場したオーシャノグラファーのハンサムルックを復活させ、21世紀を頻繁に旅行する人々にアピールするべく、GMT要素を加えた、3つのユニークなカラーコンビネーションのトリオを発表した。

ブルーダイヤルのオーシャノグラファー GMT

モデルチェンジされたオーシャノグラファー GMTは、ブラックとブラウンの“ルートビア”GMTベゼルにローズゴールドPVDコーティングされたステンレススティールのスポーツブレスレット、超クラシックなブルーとレッドの“ペプシ”GMTベゼルにSSブレスレット、そして全面夜光ダイヤルのホワイトとブラックのカラーリングにラバーストラップをセットした計3本で展開している。このカラーバリエーションは、時計を現代的なものにすると同時にGMT機能を追加したことでちょっとした楽しさを提供している。自身で好きなものを選択しよう。

ホワイトダイヤルのオーシャノグラファー GMTのリストショット
米軍で使用するために考案されたオリジナルのオーシャノグラファーは、水中探査の際、着用者の手首にぴったり合うように設計された歴史的なモデルだ。アップデートされたオーシャノグラファー GMTシリーズの各モデルは、風変わりな1970年代風のケースデザインを踏襲しつつ、直径41mm、ラグからラグまでの長さが43mmというアプローチしやすいコンパクトなサイズへと改められた。文字盤を覆うダブルドーム型クリスタルの採用により厚さは14.6mmとなっているが、サファイア素材を採用したことで、よりスリムで装着しやすい印象になっている。またねじ込み式リューズのおかげで、デビルダイバーはそれぞれ666フィート(約200m)の防水性能を確保。このトリオでは針や時針、ベゼルの夜光ピップなど、スーパールミノバコーティングされたディテールが随所にあるため暗所でも読み取りやすくなっている。

オーシャノグラファー GMT、ブラウンダイヤル
このオーシャノグラファー GMTシリーズは、第2時間帯を独立した時針で単独操作できる、Miyota 9075自動巻きムーブメントを搭載。これは約42時間のパワーリザーブ、日差-10~+30秒の精度を実現している。新作はレトロで楽しい70年代のヘリテージスタイル、“デビルダイバー”という名の神秘性、ダイバーズウォッチとしての防水性、“フライヤー”型GMT機能を搭載し、さらにいくつかのカラーパレットから選べて、すべて2000ドル(日本円で約30万円)以下のレンジで手に入れることができる(編集注記:日本では未発売)。

我々の考え
オーシャノグラファー GMTのホワイトダイヤル
文字盤が全面的に発光しているのはいかが?

我々は今、ノスタルジックなマーケティング時代に身を置いているとあえて主張したい。ポケットサイズのテクノロジーが私たちの注意を引いたことで、大量生産の技術がデザインの多くに直接影響を与える以前、今では忘れ去られてしまったあの時代への温かくてファジーな憧れの感情を(時計関連であろうとなかろうと)企業が煽ろうとする試みが常に行われているのだ。何年も続くヴィンテージリバイバルウォッチというトレンドは、今起きているノスタルジーマーケティング現象の決定的な証拠だと私は思う。

ヘリテージ/ノスタルジー/ヴィンテージにインスパイアされたリブートウォッチの膨大な量を考えてみると、リバイバルウォッチのリリースに何かを感じさせるには、絶妙なバランスが必要だ。これにはユニークさ/奇抜さ、歴史的意義/正確さ、そして私が“今になってなぜ(Why Now)”と呼んでいるものが含まれているが、ただそれだけに限定されない。私にとって、このオーシャノグラファー GMTのリブートは、特にその要素の多くを満たしている。

ブルーダイヤルのオーシャノグラファーGMTのリストショット
ユニークな要素のひとつである、オリジナルから踏襲している妙に小さくて幅の広い針を私はとても気に入っている。これは円柱パーツを宝飾品のように爪で受けたインデックスと連動するよう、特別にデザインしたものだ。幅広の針だと正確な時刻がわかりづらいが、不思議なほど奇妙で機能的かつ今日の大量生産市場ではあまり見かけない。また、ミッドセンチュリーデザインのディテール(ファンキーな日付窓のことだ)の本質的な遊び心も気に入っている。このふたつのディテールは、歴史的な正確性の要素とも見事に一致していることに今気づいた。しかし歴史的な重要性についてはダイヤルにプリントされた666フィートという伝説がその条件を満たしている。ヴィンテージダイバーズや、その復刻はいくらでもあるかもしれないが、それらすべてがデビルダイバーの名を主張できるわけではない。

私がリフを奏でているあいだ、“今になってなぜ”と呼んでいるもの”は、“なぜオリジナルを買わないのか”とも呼べるのだがこれだと語呂があまりよくない。内部の仕組み上必要な調整はさておき、オーシャノグラファー GMTのリブートである、“今になってなぜ”と呼んでいる要項を満たしているのは、初代の機能を上回るGMT機能の追加と(2000ドル以下のフライヤーは本当にクールだ)、現代の時計着用者(私だ)の興味を高めるカラーバリエーションの拡大にあたる。個人的には最も驚かされた、ホワイトとブラックのモデルにとても引かれる。それはあの全面夜光ダイヤルと、何か関係があるに違いない(もうひとつの気まぐれポイント) 。

オーシャノグラファー GMTのブラウンダイヤル

ノスタルジックダイバーズ(しかもGMT機能も追加されている)を2000ドル以下のテリトリーで購入したいと考えているなら、ブローバの最新復刻モデルならきっと満足させてくれるはずだ。

基本情報
オーシャノグラファー GMTのブルーダイヤル
オーシャノグラファー GMTのブラウンダイヤル
ブランド: ブローバ(Bulova)
モデル名: オーシャノグラファー GMT(Oceanographer GMT)
型番: 96B405(ペプシ)、97B215(ルートビア)、98B407(ホワイト&ブラック)

直径: 41mm
厚さ: 14.6mm
ケース素材: ステンレススティール
文字盤: ブルー、ブラック、ホワイト
インデックス: 爪で留めた円柱パーツ
夜光: あり、スーパールミノバ
防水性能: 200m(666フィート)
ストラップ/ブレスレット: SS製ブレスレット(ペプシ)、ローズゴールドPVDコーティングのSS製ブレスレット(ルートビア)、グレーラバーストラップ(ホワイト&ブラック)

ムーブメント情報
ホワイトダイヤルのオーシャノグラファー GMT
キャリバー: Miyota 9075
機能: 時・分・センターセコンド、日付表示、GMT
パワーリザーブ: 約42時間
巻き上げ方式: 自動巻き
石数: 24

価格 & 発売時期
価格: ラバーストラップタイプが1295ドル(日本円で約19万2000円)、SSブレスレットタイプが1350ドル(日本円で約20万円)。

オメガ スピードマスター ダーク サイド オブ ザ ムーンの最新進化版を発表した。

初代誕生から12年。ブランドはセラミック製スピードマスターのラインナップを4つの新バリエーションで拡充した。

今回登場するのは、4種類の新バリエーションと2種類のストラップオプションを組み合わせた計7モデル。大型でしばしば暗いの印象を与えるスピードマスターを、ケースプロポーション、ムーブメント、そしてダイヤルカラーの微細な変更によって洗練させたものとなっている。

今回発表されたのは実質的に4モデルで、それぞれの仕様とディテールを明確にするため、4つのセクションに分けて紹介しよう。なお、セラミック製スピードマスターが小型化されたのでは? と期待している方のために先に言っておくと、いずれの新作もケース径は44.25mmだ。

まず最初に紹介するのは──。

オメガ スピードマスター ダーク サイド オブ ザ ムーン 9900 自動巻き(ダーク/ホワイト、 310.92.44.51.01.002/004)
まずは最もオーソドックスなモデル、ダーク サイド オブ ザ ムーン 9900 オート(ダーク/ホワイト、Ref.310.92.44.51.01.002)から見ていこう。このモデルは、ホワイトのインデックスと表記を備えたオールブラックのケースとベゼルを採用している。ムーブメントにはMETAS認定オメガ コーアクシャル マスター クロノメーターCal.9900を搭載。自動巻きで、パワーリザーブは約60時間だ。ダイヤルは6時位置にデイト表示を備え、3時位置にはクロノグラフの時・分積算計を配した2レジスター仕様となっている。

ケース径は44.25mm、厚さは15.09mm、ラグ・トゥ・ラグは50mm。防水性能は50mを確保している。ストラップはテキスタイルまたはラバーの2種類から選択でき、いずれもセラマイズドチタン製フォールディングクラスプを備える。価格は221万1000円(税込、310.92.44.51.01.004も同じ)。詳細はこちらから。

オメガ スピードマスター ダーク サイド オブ ザ ムーン “グレーサイド オブ ザ ムーン”(スケルトン/グレー、310.92.44.50.06.001/002)
次に紹介するのは、オメガがこれまでに製作してきた“月面の質感”をスケルトン仕様で表現したアポロ8号エディションを、まったく新しいカラーリングで再解釈したモデルだ。宇宙飛行士ジム・ラヴェル(Jim Lovell)の言葉、“月は本質的にグレーである(The moon is essentially grey)”にインスピレーションを得たこのモデルは、ダーク サイド オブ ザ ムーン アポロ8号をベースに全体をグレーで統一。44.25mmのグレーセラミックケースを採用し、厚さは12.97mm、ラグ・トゥ・ラグは50mmとなっている。防水性能は50m。スケルトンダイヤルとムーブメントの仕上げにはレーザーアブレーション加工を施し、ダイヤモンドエングレービング、マット仕上げのビス、そしてサテン仕上げの表面で仕上げられている。

内部には、オメガ コーアクシャル マスター クロノメーターCal.3869(手巻き)を搭載している。パワーリザーブは約50時間、振動数は2万1600振動/時(3Hz)で、先代のダーク サイド オブ ザ ムーン アポロ8号にも採用されていた同じムーブメントである。ストラップはグレーのテキスタイルまたはラバーから選択でき、セラミナイズドチタンとセラミック製のフォールディングクラスプが組み合わされている。価格は232万1000円(税込)から。詳細はこちら。

オメガ スピードマスター ダーク サイド オブ ザ ムーン “ブラック ブラック” オート(Ref.310.92.44.51.01.003/005)
最後の2モデルは一見よく似ているが、搭載するムーブメントが異なるためここでは別々に紹介する。Ref.310.92.44.51.01.003/005のほうは、実質的にスタンダードモデルのオールブラック仕様といえるもので、ケース径44.25mm、厚さ15.09mm、ラグ・トゥ・ラグ50mmのプロポーションを持つ。ムーブメントには、オメガ コーアクシャル マスター クロノメーターCal.9900を搭載。METAS認定を受けた2万8800振動/時(4Hz)の自動巻きムーブメントで、パワーリザーブは約60時間を誇る。

本作はこれまでの“ブラック ブラック” ダーク サイド オブ ザ ムーン(DSotM)が持つステルス感あふれるオールブラックの世界観を継承しつつ進化させたものだ。ストラップはラバーまたはテキスタイルから選択でき、いずれもセラマイズドチタンとセラミック製のフォールディングクラスプを採用している。価格は226万6000円(税込)。詳細はこちらから。

オメガ スピードマスター ダーク サイド オブ ザ ムーン “ブラック レッド” 手巻き(Ref.310.92.44.51.01.001)
ダークトーン主体の新作群を締めくくるのは、手巻きムーブメントを搭載したオールブラックモデルだ(当然ながら)。ダイヤル上のスピードマスターのロゴとクロノグラフ秒針にのみ、効果的にレッドがあしらわれているのが特徴である。

ケース径は44.25mm、厚さ15.09mm、ラグ・トゥ・ラグ50mm。このブラック/レッドのDSotMには、ブランドのコーアクシャル マスター クロノメーターCal.9908を搭載している。このムーブメントは、これまでいくつかの興味深いスピードマスターに採用されてきた手巻き仕様であり、DSotMに搭載されるのは今回が初となる。また、自動巻きのCal.9900とは異なり、デイト表示を備えていない。Cal.9908は2万8800振動/時の振動数を持ち、パワーリザーブは約60時間、そしてもちろんMETAS認定を受けている。

価格は226万6000円(税込)で、Ref.310.92.44.51.01.001はラバーストラップ仕様のみの展開だ。詳細はこちらから。

我々の考え
さて、これで基本的なスペックの説明はひととおり終わりだ。少し混乱してきただろうか? 正直僕も同じだった。もともとオメガのなかでも比較的控えめで“ステルス的”な存在だったこのラインにおいて、今回の4モデルの刷新は主にスペック重視の愛好家に向けたものといえる。デザイン面やサイズ感は、2013年のバーゼルワールドで初登場した当時の方向性をそのまま踏襲しているのだ。

少し背景を補足したほうが分かりやすいかもしれない。先ほどの順番に沿って、いくつかのポイントを整理してみよう。まずは“スタンダード”なダーク サイド オブ ザ ムーン(Ref.310.92.44.51.01.002/004、ストラップによって異なる)から。これは従来のモデル、すなわち311.92.44.51.01.007と比較するのがわかりやすいだろう。この旧モデルも似た構成だったが、厚さ16.14mmでCal.9300を搭載していた。新作は厚みこそわずかに薄くなった程度だが、リキッドメタル製タキメータースケールと、2層構造ダイヤルにレーザーブラッシングを施した新しい文字盤仕上げを採用している。価格は203万5000円から221万1000円(ともに税込)へと約9%上昇した。

僕のお気に入りを挙げるなら、この“グレーサイド オブ ザ ムーン” アポロ8号バージョンだ。新作は基本的に旧モデルを踏襲しているが、その名のとおりさらにグレーが強調された仕上がりになっている。そして裏蓋には遊び心のあるエングレービングもある…まさにクラシックなオメガといったところだ。

もし僕がアポロ計画関連モデルのコレクターで、これまでのDSotM アポロ8号を手にしそびれていたなら、この新作は間違いなくリストの最上位に来るだろう。以前のブラック×イエロー仕様に比べ、はるかに柔らかな印象を与えている。僕はダークサイド スピードマスターの漆黒の雰囲気は大好きだが、大ぶりなケースと組み合わさると手首にやや主張が強すぎる。グレーならその点が少し和らぐかもしれない。価格は現行のブラック/イエローバージョンに対してわずか5万5000円の上乗せとなっている。

“ブラック ブラック”(Ref.310.92.44.51.01.003/005)は、従来の311.92.44.51.01.005をベースにムーブメントをCal.9900へ刷新し、仕上げもアップデートされた進化版だ。ステルスカラーのスピードマスターは長く存在しており、その魅力も理解しているし、熱心なファンがいることもわかる。だが実用性を重視する僕としては、視認性を犠牲にするのはどうしても踏み切れない。特にスピードマスターのようにデザイン性と可読性のバランスが優れた時計なら、なおさらだ。価格は旧モデルから約11%上昇し、203万5000円から226万6000円(ともに税込)へと引き上げられている。

最後に紹介するのは、これまでのモデルの要素を融合させたような1本、ブラックを基調にレッドを差し色としたRef.310.92.44.51.01.001だ。このモデルは手巻き式で、赤いクロノグラフ秒針が遠目にも印象的な、どこかマニア心をくすぐる仕上がりとなっている。価格を旧モデルと単純に比較するのは難しい。というのも、この仕様はこれまでに存在しなかった新しい展開であり、手巻きのDSotMとしてはアポロ8号のブラック/イエロー版だけが唯一の現行モデルだったからだ。

総じて見れば、今回の新作群はDSotMコレクションの穏やかな進化形といえるだろう。熱心なファンにとってはこれもまた魅力的な展開かもしれないし、それは決して悪いことではない。ただ正直に言えば、僕はもう少し幅広く、そして手に取りやすいリフレッシュを期待していた。すでに確立されたDSotMのデザイン言語を踏まえつつ、より小ぶりなケースサイズを提案するようなライン拡張を。ああ、わかっている。時計ジャーナリストが“小さいケースを出してくれ”と言うのは、クルマ評論家が“マニュアルトランスミッションの茶色いワゴンが欲しい”と言うようなものだ(RIP、Jalopnik/ジャロピニック)。それでも、この文章を読んでいる多くの人は、僕のこの嘆きをきっと理解してくれるはずだ。

44.25mmのスピードマスターに何の問題もない。2025年の今でも、そしてそれがちゃんと売れているならなおさらだ。とはいえスピードマスター プロフェッショナルは42mm。そしてDSotMが誕生してから12年が経つというのに、まだ僕たちはスピードマスター プロのクールで危うい兄貴分にあたるこのシリーズの、より小型で装着感に優れたモデルを手にしていない。新しい発想というわけではない。でも想像してみて欲しい。スタンダードなDSotM、もしくはグレーサイド オブ ザ ムーンのデザインを40〜42mmサイズで再構築したモデルを。どの新作でもいい。オメガはすでに膨大なSKUを持っているのだから、いくつか追加するだけでもいいではないか。

もしかしたら僕が変なのかもしれない。あるいは手首が貧弱すぎるだけかもしれない。それでも、ここ数年のムーンスウォッチの大成功でブランドに引きつけられた多くの新しいファンたちも含めて、きっと多くの人が標準サイズのDSotMを熱望するはずだ。──以上、僕の愚痴は終わり。

これまで築き上げられてきたDSotMの世界観のなかで、今回の2025年版の4モデルは確かな進化を遂げている。よりモダンなムーブメントの採用、新しい仕上げや構造技術の導入、そしてケースのわずかなスリム化によって実現した装着性の向上。これらはいずれもシリーズの完成度をさらに高める要素だ。秋の新作発表の幕開けとしては申し分ない内容であり、年末に向けてオメガがどんなサプライズを用意しているのか、今から楽しみでならない。

オーデマ ピゲがジェムセッティングした数々の新作ロイヤル オークを紹介。

オーデマ ピゲは今週、ホワイトゴールドにパヴェ(ダイヤモンド)をセッティングした新しい「ジャンボ」 エクストラ シンを発表した。イエローゴールドにイエローサファイアをあしらったバージョンもリリースされたが、それをこっそり見ることができる機会はなかった(レインボー一式も見られる機会を待っているが、現時点では、おそらく実現することはないだろう。はあ)。

APジャンボ ダイヤモンド
オーデマ ピゲはその後、さまざまなサイズのブリリアントカットダイヤモンド(これはジュエリー用語でスノードロップセッティングと呼ばれる)で覆われたピンクゴールド製およびWG製の34mm径と37mm径の、ふたつのオートジュワイユリーモデルを発表し、とても歓迎するべき民主的なことを行った。

34mmのAP、スノードロップセット
このジャンボは18KWG製で、それを1528個ものブリリアントカットダイヤモンドで装飾。なかにはCal.7121を収める。

34mmは、このサイズでは初となるフルジェムセッティングされた時計でもある。下の写真の時計に使われた宝石の総数は、ブリリアントカットダイヤモンド2255個(約6.6カラット)で、スノードロップセッティングされたダイヤモンドがたくさんある。つまり、この時計は基本的に白昼でも光っているということ。搭載されるムーブメントはCal.5809だ。

マライカの手首に巻いたAP
我々の考え
ル・ブラッシュからリリースされる豪奢なセットは、いつも特別な出来事のように感じられる。私の現実との関連性はほとんどないが、精神的には重要なイベントのひとつだ。王室の結婚式とか、あるいは1900年代に生きていたら社交界デビューの舞踏会とか。上品でキラキラしていて、見ていて楽しい。私にとっては小さな希望の光だ。

Both Royal Oak gem set
私は両方をつけてみたが、当然のことながら私の反応は“これを手首から外させないで欲しい”というものだった。私には新しいアイデンティティがあり、それはすべてこの時計に関係している。偶然にもビジネスクラスにアップグレードされ、2度とエコノミークラスで搭乗できない人のように。私は大きな影響を受けた。

ローズゴールドは嫌いだとは何度も言っている。でも、私は矛盾に満ちている。それにダイヤモンドで覆われた時計を好きにならないわけがない。どうせベースの金属はほとんど見えないのだから。そして私はパヴェも好きではないが、適切に施されたパヴェは好きだ。ラインストーン(貧乏人のパヴェとでもいうべきか。これも嫌いじゃない)とか、あらゆる形のクリスタルやダイヤモンドで覆われたものでもだ。これで私はアライアのフラットシューズやティースジュエリー、ジュディス・リーバーの携帯電話型バッグとともに、宝石をちりばめた私の長い欲しいものリストにスノードロップセッティングを加えることができる。

AP ロイヤル オークのダイヤル
ブレスレットにセッティングされたスノードロップ
ブレスレットにセッティングされたスノードロップ
美しいダイヤモンドはさておき、現実の分析に話を戻そう。数週間前、ここニューヨークで行われたプレスプレビューで私が得た最大の収穫は、オーデマ ピゲがいかに手首の細いクライアントにうまく対応しているかということだった。これらの新作が女性向けとは言わないように気をつけるが、34mmのホワイトセラミック、38mmのCODE、そして今回の34mmのパヴェで、市場調査をしているようだ。

もし私がヘイリー・ビーバー(Hayley Bieber)やドリー・パートン(Dolly Parton)、リベラーチェ(Liberace、RIP)、またはリル・ウージー・ヴァート(Lil Uzi Vert)だったら、34mmの時計をつけていただろう。その領域は広い。

基本情報
ロイヤル オークのベゼルとリューズにダイヤモンドをあしらっている
ロイヤル オークのパヴェダイヤ文字盤
ブランド: オーデマ ピゲ(Audemars Piguet)
モデル名: ロイヤル オーク オートマティック(Royal Oak Selfwinding)、ロイヤル オーク 「ジャンボ」 エクストラ シン(Royal Oak “Jumbo” Extra-Thin)
型番: 77452OR.ZZ.1365OR.01(ROA)、16202BC.ZZ.1241BC.01(ROJ)

直径: 34mm(ROA)、39mm(ROJ)
厚さ: 9.2mm(ROA)、8.1mm(ROJ)
ケース素材: 18Kピンクゴールド(ROA)、18Kホワイトゴールド(ROJ)
文字盤: 18KPGまたは18KWGにブリリアントカットダイヤモンドをスノーセット
インデックス: バゲットカットダイヤモンド(ROA)、WGアプライド(ROJ)
夜光: あり
防水性能: 20m
ストラップ/ブレスレット: ブリリアントカットダイヤモンドをセットしたPGまたはWGブレスレット、APフォールディングバックル

Cal.5809
ムーブメント情報
キャリバー: 5809(ROA)、7121(ROJ)
機能: 時・分・センターセコンド(ROA)、時・分、日付表示(ROJ)
直径: 23.88mm(ROA)、29.6mm(ROJ)
厚さ: 4mm(ROA)、3.19mm(ROJ)
パワーリザーブ: 約50時間(ROA)、約52時間(ROJ)
巻き上げ方式: 自動巻き
振動数: 2万8800振動/時
石数: 28(ROA)、33(ROJ)

超薄型時計の進化は、オーデマ ピゲの革命につながる。

ウォッチメイキングの歴史を考えれば驚くべきことではないが、時計製造における本当の意味での“初めて”は、正直なところそれほど多くはない。1750年に登場したレバー脱進機は基本的に現代のすべての時計に何らかの形で搭載されているし、ミニッツリピーターは基本的に18世紀末までに現在の形になっている。そして最初のパーペチュアルカレンダーウォッチは、おそらく1764年にトーマス・マッジが作ったものと言われている。時計製造の歴史は、非常に長い時間をかけて積み重ねられた小さな改良の歴史である。だからこそオーデマ ピゲの自動巻きトゥールビヨン、Cal.2870のような時計が興味深い存在として、語り継がれる価値のある物語としてあり続けている(これが搭載されたリファレンスナンバーの25643は、ムーブメントの名前よりも知名度が低い。この理由は後述する)。Cal.2870を忘れてはならないもうひとつの理由は(本質的な興味のほかに)、数少ない真のベンチマークウォッチのひとつであり、今に至るまでより現代的な時計を評価する際の基準となるからだ。

で、それは何なのか。これは自動巻きトゥールビヨンでありながら、シリーズ初の自動巻きトゥールビヨンウォッチでもあり、また“最も薄い”をどう定義するかにもよるが、間違いなく史上最も薄い自動巻きトゥールビヨンウォッチであるということだ(執筆当時)。それだけでなく、この時計はシリーズ初のトゥールビヨンウォッチであることを主張してもおかしくない。1986年4月に発表された、オーデマ ピゲのCal.2870/Ref.25643は、全体の厚さがわずか4.8mmしかない。これほどまでに薄いトゥールビヨンムーブメントを作った当時は、CADや放電加工機械、LIGA技術のようなものがトゥールビヨン(ほかの超薄型のものも)を製造するはるか前のことだった。さまざまなメーカーの手に届かない範囲にあり、ほとんど不可能な挑戦だった。

もちろん、非常に小さなトゥールビヨンは以前にも作られていた。ジェームス・ペラトンは1927年に、直径わずか23.6mmのムーブメントを作り、その後ル・ロックルで彼の弟子であったフリッツ=アンドレ・ロベール=シャルル(彼はペラトンの後任として、同地の時計学校の校長を務めている)が5年の歳月をかけて、直径わずか19.7mm、キャリッジが8mmという信じられないほど小さなトゥールビヨンムーブメントを製作している。直径に関しては、現在もこの記録は破られていない。ロベール=シャルルはそれをわずか23.8mmの時計に収め、1945年に時計を完成させた。

…しかし、これらのムーブメントはすべて、その希少性や独自性から注目されるのであり、またこれらのムーブメントに共通するのは、直接的に収益を上げるのではなく、製作者の信用を得るための手段として、極少数しか製造されなかったということである

腕時計に装着できるワンオフトゥールビヨンを製造することは、当時のメーカーの技術力の範囲内であったことは明らかだが、トゥールビヨンムーブメントを腕時計に搭載できるよう小さくすることのほうがはるかに大きな問題だった。2870が登場するまでは、一般で市販されるトゥールビヨンウォッチはほとんど存在していなかったのだ。パテック フィリップは1940年代から50年代にかけて、腕時計用のトゥールビヨンムーブメントを時折製造していたが、その数はごくわずかで、特別な顧客のためか、あるいはスイス天文台クロノメーターコンクール用に製造していた。1947年、オメガはトゥールビヨンムーブメントのCal.30Iを発表した。これはパテックのトゥールビヨンキャリバーと同様、天文台クロノメーターコンクール用であった。ご覧のように、これは視覚的な魅力を念頭に置いて設計されたのではなく、正確さと歩度の安定性を重視して設計されており、また市販もされていない。合計12個が製造され、1950年にはCal.30Iがスイス天文台クロノメーターコンクールで優勝した。現代の多くのトゥールビヨンとは異なり、Cal.30Iは7.5分で回転するキャリッジを備えていた。これらは、パテック製のごく少数の天文台トゥールビヨンとともに、腕時計用トゥールビヨンの第1世代であり、パテックもオメガのトゥールビヨンも、1980年代までケースに入れられることはなかった。第2次世界大戦前と大戦直後のトゥールビヨンウォッチには、ほかにも非常に珍しい例がある。フランスのリップが有名なトノー型Cal.T18をベースに、いくつかのトゥールビヨンムーブメントのプロトタイプを製作したほか、ラインハルト・マイスによると1930年、エドゥアール・ベランがブザンソンの時計学校でリップエボーシュから腕時計用トゥールビヨンを製作したという話もある。そして信じられないことに、ジラール・ペルゴは1890年にクロノメーターのデテント脱進機を使って30mm/13リーニュのトゥールビヨンムーブメントを製造している。しかし、これらのムーブメントはすべて、その希少性や独自性から注目されるのであり、またこれらのムーブメントに共通するのは、直接的に収益を上げるのではなく、製作者の信用を得るための手段として、極少数しか製造されなかったということである。

オーデマ ピゲのCal.2870がいかに画期的であったかを示すために、その背景を紹介しよう。まず第1に、それまで誰もが自動巻きトゥールビヨンを連続生産していなかったし、基本的に私が知る限り、連続生産の商業的な作品を意図したトゥールビヨンウォッチは、これまで誰も作ったことがなかった。市場にこれほど多くのトゥールビヨンが出回っている今では信じられないかもしれないが、1986年ごろは、トゥールビヨンを搭載した腕時計は極めて珍しく、ほんのひと握りしか存在しなかった。そのため2870は必然的に、技術的に画期的なムーブメントだった。直径7.2mm、厚さ約2.5mmという、非常に小さくて超軽量なチタン製トゥールビヨンキャリッジを備えており、トゥールビヨンの製造でこのような素材が使用されたのは初のことだった。その結果、キャリッジは非常に軽く(わずか0.134g)、キャリッジに必要なエネルギー量を削減することができ、このような非常にフラットな腕時計に、非常にフラットなゼンマイを搭載することを可能にしたのだ。

自動巻上げシステム用振動子のピボット(図式はオーデマ ピゲ アーカイブ提供)

自動巻きシステムも非常に珍しい。ムーブメント設計上の理由もあったが、時計を可能な限りフラットに保つという目標のために、ムーブメント直径いっぱいのローターを使用することはできなかった。代わりに、Cal.2870は“ハンマー”巻き上げシステムを採用していた。これは、プラチナとイリジウムでできたローターが完全に回転するのではなく、小さな弧を描いて揺れる仕組みだった。時計のダイヤル6時位置の開口部からはこのハンマーの動きが見える。巻き上げ式のリューズはなく、時計を軽く振ってゼンマイを充電し、針合わせは裏蓋にセットされた小さくて平らなリューズを使って手動でセットする。

しかし、Cal.2870の最も変わった特徴は、輪列のデザインだろう。従来のムーブメントには、“ボトムプレート(地板)”がある。地板とは、ムーブメントのダイヤルに面した側のこと。地板と呼ばれるのは、時計職人が時計を分解する際、一般的に時計の表側を下にして作業台に置くため、ムーブメントの一部が底になるからだ。対してトッププレートは時計職人から見て上にあるもので、ブリッジのムーブメントのなかのブリッジを意味することもあれば、実際のトッププレート(4分の3プレート、またはフルプレート)を意味することもある。輪列のピボット(軸)は通常、片側が地板に、もう片側がトッププレート(またはブリッジ)に取り付けられた石で動いており、全体がケース本体の内部に収まっている。しかし、オーデマ ピゲの2870には、ブリッジや従来の地板がまったくない。代わりに、自動巻きシステムと輪列のためのピボットは、ムーブメントのトッププレートとして機能するケースバックにはめ込まれた石のなかで作動する。同じ原理を採用した数少ない時計のひとつがピアジェのCal.900Pだ(さらに、針と文字盤を輪列と同じ高さに配置するなどの革新的な技術も導入された。もうひとつ、1979年に発表されたクォーツ式のコンコルド デリリウムは、ケース厚1.98mmと非常に薄いケースが採用されていた)。それもあって、2870はモデル名ではなく単にキャリバーナンバーで呼ばれることが多い。本当の意味で、ムーブメントが時計なのだ(ちなみに、Cal.2870の完全な技術的内訳に興味がある方は、いつものようにウォルト・オデッツが最初に解説している)。

文字盤構成の特徴は、50秒に1度、反時計回りに回転する可視トゥールビヨンである。トゥールビヨンはスタイリッシュな太陽として鎮座し、そこを始点に文字盤を斜めに横切る太陽光のような“光線”を施している。APによるとこのデザインは、ファラオのアクエンアテンとその妻ネフェルティティのエジプトのレリーフ彫刻に由来しているという。両者は、ツタンカーメン王の両親として、西洋文化で死後に(非常に)有名になった人物だ。(時計がリリースされた当時の)1986年は、史上最大かつ初の超大型博物巡回展である『The Treasures of Tutankhamun』が1981年に終わり、大衆文化のなかで非常に大きな話題となったあとのことだ。

今のCal.2870の評価はどうだろう? ここ数年、ブレゲのRef.5377(ペリフェラルローター式、全体の厚さは7mm)、ルミジャーニ・フルリエのトンダ 1950トゥールビヨン(マイクロローター式、全体の厚さは8.65mm)、アーノルド&サンの“極薄トゥールビヨン脱進機(UTTE)”(厚さは8.34mm)、ブルガリのオクト フィニッシモ フライングトゥールビヨン(厚さはわずか5mm)など、極めて薄い手巻きトゥールビヨンが存在しているが、それでも驚くべきことに、これは史上最も薄い自動巻きトゥールビヨンである。“最初のもの”という点において、最終的にこれらのトゥールビヨンを比較して勝者を決めるのは少し馬鹿げているかもしれない。なぜなら、それぞれのトゥールビヨンは、美学、エンジニアリングのソリューションといったユニークな提案をしているからだ。しかし、Cal.2870/Ref.25643は、いかに偉大なモデルであるかということを強調するものである。厚さ約9mm以下の自動巻きトゥールビヨンを作ることは素晴らしい成果だ。1986年に厚さ5mm以下のものを作ったという時点で信じられないことであり、現在でも5mm厚以下の自動巻きトゥールビヨン(あるいはトゥールビヨンすべて)はこれだけだ(編集注記:現在の世界最薄はブルガリ オクト フィニッシモ トゥールビヨン オートマティックの3.95mm厚)。2870はまた、ただひとりで秘匿するのでもなければ、天文台クロノメーターコンクール用に競合製品を打ち負かすためでもなく、裕福層に向けてとはいえ一般消費者のためにイチから製作された、最初のトゥールビヨンウォッチでもあった。スタイルとデザインに重点を置き、当時としては驚くほど先進的な技術を駆使したこの時計は、1986年のオーデマ ピゲにとって画期的なデザイン上の偉業であった1972年のロイヤル オークのように、まさに現代として初のトゥールビヨンウォッチだったのだ。