ドレスデン。これはドイツ第二の都市であるだけでなく、ヨーロッパを代表する美しき文化の都です。聖母教会(Frauenkirche)やツヴィンガー宮殿(Zwinger)に代表されるように、その数々の象徴的な建築物は「バロックの街」そして「エルベ川上のフィレンツェ」と呼ばれる所以です。
19世紀初頭、ドレスデンの芸術と科学が花開く中、数多くの時計師たちがこの街を離れ、わずか35分の距離にあるグラスキュッテの町へと向かいました。そこが、ドイツ製時計業界の輝かしき歴史の始まりでした。
この「ドレスデン」という街に敬意を表し、グラスキュッテ・オリジナル(Glashütte Original)は限定25本の「アンダージー(逆さ)」モデルを発表しました。
グラスキュッテ美学の頂点:偏心と逆さ構造
偏心シリーズは同ブランドを語る上での看板シリーズですが、そこに「機芯逆さ(Durchsehen)」構造を加えたモデルは、まさにドイツ製時計美学の頂点といえるでしょう。
このモデルは、伝統的な正装時計の対称レイアウトを打ち破り、非対称な文字盤構成を採用。そして何より大胆なのは、機芯構造を裏返し、本来裏蓋側に隠れている3/4夹板(スリーフォース)、ダブル・スワンネック(鵞頸微調)、テンプなどを文字盤側にそのまま露出させている点です。これこそが、現在の時計界で最も識別性の高いデザインの一つです。
手彫刻で綴るドレスデンの風景
本作の最大の見どころは、その文字盤と裏蓋に施された手彫刻(Hand Engraving)です。
文字盤側(表): 42mmのプラチナケースに収められた文字盤。文字盤左上に位置する3/4夹板は、まるでキャンバスのようにドレスデンの街並みに変貌を遂げています。美術アカデミーの屋根や「ファマ女神像(Fama)」、そして聖母教会の有名な「鐘型石造ドーム」などが精巧に彫り出されています。さらに、飛翔する鳥や雲、熱気球といった日常の風景も織り交ぜられ、息をのむような緻密さです。
装飾の細部: 3時から6時位置に位置するスワンネック微調装置には、バロック様式の装飾彫刻が施され、その芸術性をさらに引き立てます。
時を計るディスクは「宙」に浮かべて
この手彫刻による景観の驚異的な一体感を損なわないため、時間表示はあえて「宙」に浮かせる設計とされています。
表示方式: クラシックな小三針。時・分・秒は文字盤よりも上の層に位置するディスクで表示されます。
レイアウト: 時分盤と小秒盤が重なり合い、文字盤左上に配置。これを3本のブルースチール(青焼き)ネジが支えています。
ビッグデイト: 2時位置には、エッジに面取り装飾が施されたビッグデイト・ウインドウを配置。
裏蓋もまた「表」である
この時計の魅力は、裏蓋側にも負けていません。
裏蓋の彫刻: 裏蓋の基板もまた完全に手彫刻されており、エルベ川沿いのプロムナードや他の象徴的な街並みを描いています。
パーツの装飾: 手彫刻されたロジウムメッキフレーム、磨き上げられた鋼製パーツ、面取りエッジ、ブルースチールネジは、グラスキュッテの伝統技術の粋を尽くしています。
镂空(ロータ): 自動車(ローター)は透かし彫り加工されており、その形状は聖母教会のシンボルを模しており、文字盤正面のドレスデンを象徴するランドマークと呼応しています。
技術的裏付け:Cal.91-03
本作を支えるのは、ブランド自社製のCal.91-03型自動巻きムーブメントです。これは、定評のあるCal.91-02をベースに特注開発されたモデルです。
性能: 45時間の動力貯蔵。
振動数: 時速28,800回(4Hz)。
精度: ダブル・スワンネック微調装置により、より細かくかつ正確な時刻調整が可能となり、優れた精度を保証しています。
総括
プラチナケース、文字盤・裏蓋両面に施された手彫刻、そしてグラスキュッテを代表する「偏心」と「機芯逆さ」構造。
ここまで芸術性が高く、限定25本という希少性を持つモデルは、現在のスイス時計界や世界の製表業界の中でも、最も誠実でコスパの高いブランドと言えるでしょう。これはまさに、手の届く範囲の「芸術品」です。