今や「復刻(リ・エディション)」は、高級時計界のスタンダードな手法となりました。しかし、ただ古いデザインを真似るだけのモデルが多い中、ロンジン(Longines)は一味違います。
その理由は明白で、他ブランドが苦労して収集する資料も、ロンジンには自社で管理する世界有数の「時計界のタイムカプセル」とも呼べるアーカイブがあるからです。
そんなアーカイブの中でも、特に高い人気を誇るのが、1930年代の軍用時計です。今回は、その中でも一際異彩を放つ、「1935年型 クロノメーター(通称:チェコ空軍モデル)」の最新復刻モデル(Ref. L2.838.4.53.0)に注目します。
1. 1935年の原点:チェコ空軍の信頼
第二次世界大戦前、当時のチェコスロバキア空軍は、欧州屈指の精鋭部隊でした。その航空機のコックピットや、パイロットの手首には、過酷な環境下でも正確に機能する計器が求められていました。
1935年、ロンジンはそんなチェコ空軍の要請に応え、「究極のパイロットウォッチ」を製作。その目的は極めてシンプルかつシビアでした。
「グローブ(手袋)をしたままでも操作でき、乱気流の中でも視認でき、強烈な日差しでも時刻が判別できる」
今回復刻されたモデルは、そんな歴史的名作を、現代の技術で甦らせた一振りです。
2. 外観:原作への絶対的忠誠
今回の復刻で最も注目すべき点は、「細部へのこだわり」です。
ケースデザイン: 径43mm、厚さ13.3mmの「枕型(クッション)ケース」」。当時の風合いを損なわないよう、エッジは丸みを帯びており、ラグ(リュウズ)部分の造形も原作を忠実に再現しています。
回転ベゼル(復活): 2014年の旧復刻版(Ref. L2.794)では省略され物議を醸した「凹溝付き回転ベゼル」が、今回完全復活しました。これは単なる装飾ではなく、パイロットが経過時間を計測するための重要な機能です。また、ベゼル回転時に風防が動かない構造(風防固定式)を採用しているため、防水性能も高く保たれています。
文字盤: 哑光ブラックの文字盤には無駄な装飾は一切なし。太く力強いアラビア数字と、外周の分刻み。そして、原作にも存在した「ペンシル針(鉛筆針)」」を採用。6時位置には大きなスモールセコンド(小秒針)を配置。視認性だけを追求した、まさに「時計本来の姿」です。
3. 中身:現代の技術で武装
見た目は1930年代そのものですが、中身は立派な21世紀のハイテクウォッチです。
ムーブメント: 「L893 自動巻きムーブメント」を搭載。これは、定評のあるエタ製ベースをベースに、ロンジンが独自にチューニングした機芯です。
性能:
パワーリザーブ: 約72時間(3日間)。週末に外しておいても、月曜日には動いてくれる、現代人にとって非常に使い勝手の良い性能です。
耐磁・耐熱: シリコン製遊丝(Si)を採用しているため、磁気や温度変化による誤差が少なく、実用精度はピカイチです。
裏蓋: ソリッドケースバック(密閉式)で、裏蓋には「PILOT MAJETEK」(軍用財産)の文字が刻印。これは、かつての軍用時計が国家資産であったことを示す証です。
4. 総評:なぜ今、この時計なのか?
近年、時計市場では「小さくて繊細なドレスウォッチ」が注目されがちです。しかし、この「1935年型」は、そんなトレンドに逆行するかのような「存在感」を持っています。
43mmという大振りなケース径と、重厚な枕型ケース。しかし、ラグの形状のおかげか、実際に手首に載せると意外としっくりと馴染みます。
「ロンジン」というブランドは、単なる高級時計メーカーではなく、「航空史と密接に関わってきたブランド」です。その原点の一つであるこの時計を身につけるということは、単に「かっこいい時計をつける」ということではなく、「時計の歴史そのものを身に纏う」行為に他なりません。